vol.8:ハッセルSWCビオゴン

カメラのきむらというのが、新宿歌舞伎町の靖国通り沿いにある。1階はDPEと新品カメラ売り場で2階が中古カメラ売り場になる。フロア面積は東京でも最大級で、国産カメラを中心にマニア向けではなく、実用機を数多くそろえている。とくに8ミリカメラ、映写機の充実ぶりはおそらくここが1番だと思う。

 新宿に用が多いためよくここに来る。時間つぶしにもってこいで、1階で写真書籍を立ち読みしたあと2階へ。ついつい、ハッセルのCF50ミリ傷ありを12万円、RBのC65ミリを5万円、その他フィルムホルダーやポラパックなどフラフラと買ってしまう。そういえば「これを買うぞ」と決めてこの店に入った憶えはない。あんまり頻繁に顔を出すため、ついには年輩の店員のひとりと顔なじみになった。

 その人に「安くしとくよ」と出されたのがハッセルSWC38ミリビオゴン、マガジン付き。実はそのころ「使うハッセル」なる本を読んでビオゴンがとても気になっていたのだ。それも旧型のSWC。彼は29万円の値札の付いたそれに、おもむろに黄色の2割り引きの札を張ってしまった。つまり23万2千円。「どう」と聞かれて二つ返事で「買った」。レンズにクモリやキズはない。外観もきれい。ヘリコイドもスムース。マガジンに光線引きはなさそうだ。若干ファインダーにクモリが見られる。でも本体価格は20万円だ。安い。通常、委託品でもボロボロで27、8万円はするからとっても得した気分になれた。ちゃんと6ヶ月の保証も付いていた。

 レンズにフィルムバックを取り付けて透視ファインダーをのっけた、とってもプリミティブなこのカメラ。露出はもちろんのこと距離まで目測で合わせなければならない。ところがいざこれで撮影すると妙な安心感が生まれる。この仕事、何年やってもちゃんと写っているか現像が上がるまで不安なのだ。それがひとつひとつ露出を合わせ、ピントを測り、シャッターを切り、巻き上げる行為をすると、そこにはオートマティックカメラが持つ、撮影者があずかり知らぬ部分での獏とした不安におびえなくて済む。もちろんこの使い難いカメラには、それを補ってあまりあるほどのレンズの素晴らしさがある。

 大抵は三脚に据え、ボディの水準器で水平を取り、絞りをf16まで絞って撮る。するとまっすぐなラインはまっすぐに、画面の外の線まで想像させる絵ができる。超ワイドというが水平を保つ限り妙な遠近感はつかない。f16まで絞ると手前から無限遠までパンフォーカスが得られる。

 対象はインテリアや建築だけではない。三脚を外し手持ちで振り回すと、突然自由で大胆なポートレートカメラへと変身する。ファインダーは覗かない、距離を決めたら身体で近付いていく。レンズを相手に向け一緒に動き回りながら撮る。ポラロイドは使わない。ノ−ファインダー撮影の上がりを見るのはとてもスリリングだ。はまればファインダーを覗いては絶対撮れない1枚が手に入る。

 ポラロイドパックはSWCには付かないとされているが、ファインダーをはずせばちゃんと付く。ただ巻き上げは一回、一回ポラホルダーを外して行わなければならない。描写はあくまでシャープ。だがコントラストがつき過ぎてシャドーがつぶれるようなことはない。ハイエストライトは柔らかく滲み、それが立体感を出している。ポジをルーペで見て気持ちよくなれる数少ないレンズだ。そんな気持ちになれるのは僕の手持ちの機材ではライカのR60ミリマクロくらいか。SWCが40年近く前の設計と聞かされると驚くばかりだ。

 ただCFの50ミリと比べるとレンズのコーティングのせいか明らかに発色が薄く感じられる。逆光にも弱くフレアーも出やすい。それでも現行の903SWCの不格好なカメラには所有欲は湧かない。皆が言うほどフレアーが出ることは悪いことではない気がする。逆光で光線を引いた絵には不思議とリアリティーがあると思うのだ。