vol.10:オリジナルプリント2 森山大道

高校生の頃から僕は「アサヒカメラ」を毎月読んでいた。当時あった「カメラ毎日」は高校生には難解で「日本カメラ」はサロン的過ぎた。ようやく「月刊カメラマン」が出てきて喜んだ憶えがあるが、内容は「アサヒカメラ」が1番面白かった。1977年の話しだ。

 その頃、特集といえば森山大道に中平卓馬。2人を抜きにしては本が成り立たない感じだった。荒々しい粒子の画面は、個人的な物しか対象にしていないにもかかわらず、常に外へ外へと広がっているような気がした。中平卓馬の哲学書のような文章をわけも分からず繰り返し読んだ。当然影響を受けない訳がなく、トライXを増感、高温現像でザラザラにして写真を焼いていた。

 「アサヒカメラ」の何周年記念かで森山大道のネガプレゼントというのがあった。オリジナルネガからのデュープで、口絵に載っていた東北の小屋が写っているものだった気がする。それを自分で焼いて森山大道と同じ焼きをしようというのが雑誌の企画意図だった。今思えばこれって凄い話だ。その後この手の話しは聞いたことがない。何千枚プレゼントしたかは憶えていないが、当然応募して見事手に入れた。

 ネガは思いがけず濃度の薄いものだった。硬くて濃いネガを作っているものとばかり思っていただけに、これには驚いた。とにかくストレートで焼いてみた。現像液に沈めて20秒後、突然バッと全体に黒が浮かんできた。露光オーバーかと思ったがトーンはちゃんと出ている。空など何もしないのにドスンと落ちた。ストレートで、ほぼプリントが完成している感じだった。オリジナルプリントからの複写ではないかと疑ったくらいだ。焼き込んで作るというよりも、シャドーを丁寧に救ってあげる感覚で焼くのだろう。自分勝手にやっていた高校生が、一流の写真家のネガを焼けるという体験は貴重だった。いまだにこの時の記憶は強い。

 馬鹿なことにネガも、焼いたプリントも無くしてしまった。小さなものだけに大事にしまって、それっきりになってしまったのだ。本当にもったいないことをした。今あれば、持てる技術すべてを使ってプリントしてみるのに。

 今、自宅に森山大道の「雪のニューヨーク」のオリジナルプリントを飾ってある。ハーフ版から四つ切りに伸ばされたプリントは、窓越しの夜のニューヨークの雪景色を美しくとらえている。ハーフ版の荒れた画面なのに美しいという言葉しか出てこない。このプリントを見せるとだれもが「ほう」とため息をもらす。雪はトーンを残しながら白さを感じさせ、夜の闇の暗さの中には、幾重にも重なるディティールを見ることができる。
 
 いつ撮られたものかは分からないが、24年前に手に入れたネガと同じトーンを感じた。