vol.16:ライティング物語 1

 会社を辞めた時、ライティングを知らずにフリーカメラマンになった。

 自然を相手にするカメラマンでも無い限りこれは無茶だということに後々気がついた。アマとプロの差はライティングが出来るか出来ないか、ようするにどこでもどんな時でも撮れるかという点で決まる。学生時代に個人のアシスタントと大日本印刷スタジオのバイトをしたことがあるが、どっちも1週間で逃げ出してしまった。だから何の役にも立っていない。3年間ライティングと言えば、カメラの上に着けたちっちゃなストロボの事だった。

 辞めてしばらくは仕事などないから時間だけはたっぷりある。500Wのアイランプ(写真用電球)を買って、その辺の小物を撮ってみた。乏しいバイト経験でトレーシングペーパー越しにライトを打てば(プロはライトを打つと言うのだ)なんとなくそれっぽくなるのは知っていた。知っているのとやってみるのとは別。写っていることは写っているのだがなんか変。基本を知らないからどこが悪いのか分からない。「日芸で何をやってたんだ」と言われるかもしれないが学校じゃライティングなどほとんど何も教えてくれなかった…ような気がする。

 そんな状態でも仕事は来る。「ブツは出来ますか」と聞かれちゃ「出来ません」とは口がさけても言えない。堂々と「得意です」と胸を張る。それがプロ。それがフリー。そこからストロボを8000円でレンタルし(当時、買ったら1式50万円くらいした)スタンドとトレペを買って知り合いのカメラマンに1万5000円でアシスタントしてもらうと、3万円のギャラはきれいに無くなってしまった。もちろんライティングはすべてアシスタントまかせ。「失敗!」で書いた料理撮影の話はこの頃だ。

 ライティングを覚えたくて町にあるポスターに写っているタレントの目をじっと見てはライトがどんな風になっているか調べた。目は球体だからライティングがどうなっているかが全て写りこんでいる。アイドルが写っているポスターに目を近づけて真剣に見ている姿も、後ろから見ればまるでオタクのよう。そのほかにもミュージシャンのビデオクリップにはスチール撮影の現場がインサートされていることが多い。ストロボが光ると一瞬スタジオ内の様子が分かるため、それをコマ送りして見た。天井に何灯でメインはボックスで…。とにかく形だけでもと必死。今でこそ玄光社から「ポートレートライティング」だとか「ファッションフォトライティング」だとか解説本がたくさん出ているが、当時は営業写真館向けの「婚礼ライティングの全て」しかなく、何の役にも立たなかった。

 とにかくストロボだと、つぶれたスタジオからバルカーの1200ワットを15万円で買い取った。ロケ用に作られていないので一人じゃ運べないほど重い。カメラ一式を持って、スタンドやライトボックスを持って、三脚を持って、ストロボを持ってズルズルと引きずりながら現場に向かう姿は、考えていたフリーのカメラマン像とは遠く離れていた…。