vol.22:イイネサイコー!

テレビに出てくる人物を撮る写真家というと、篠山紀信あたりから、加納典明、宮澤正明。若いカメラマンだと平間至、ローランド桐島。ローランドなんて名前はズルイ。本人を一度だけ女性誌の編集部で見かけたけど、思わず編集者に「彼はモデル?」と聞いたくらいカッコよかった。実際モデル出身だけど。

みんな「よくしゃべる押しの強い人」という印象。撮影現場の映像とか流れると、撮っているのか喋っているのか分からない人までいます。

昔、写真の本には「人物の撮影では相手をリラックスさせるために話しかけましょう」と必ず書いてありました。今でもそうかな。

口下手の人見知りのくせに人物撮影を職業に選んでしまった僕は、フリーなりたての頃、撮影中は一生懸命話しかけなければならないものと硬く思い込んでいました。でも話しながら撮れるほど器用でもないし、途中から何を言っているのか訳が分からなくなるしで、最後には裏声となり頭のてっぺんから声が出ていました。

ひどい自己嫌悪に陥って、どうしようと思っている時に「写真家の沢渡朔は一言も喋らない」という話を聞きました。なんでも山口百恵を撮ったときに「こっちを向いてくれ」と言えなかったというのです。これは篠山紀信が言っていたのだから本当でしょう。

「エッしゃべらなくてもいいの」。あのカッコいい写真を撮る人が喋っていないなんて。それならと話しかけるのを止めてみました。あたりまえですが話しかけなくても写真は撮れます。逆に集中できて具合がいいではないですか。出来上がった写真もなんとなくよくなった気がします。それからは「喋らないカメラマン」で通すことにしました。立位置と目線の位置を指示する以外は黙って撮る。少ない枚数で集中して撮る。ポラもなるだけ撮らない。これが僕のスタイルとなっていきました。

ただ初めての仕事では、周りのスタッフからかなり不安がられるのが難点です。カメラの後ろから「コイツほんとに大丈夫か」という視線をバンバン投げかけられるのがつらい。とうとうスタッフに撮影場所から出て行ってもらったり、スタジオではカメラ周りをボードで囲んで見えないようにしました。

知り合いのカメラマンには口のうまいのもたくさんいます。現場を見るとホトホト感心します。よくそこまで「おだてられる」もんだと。友人のAは「イイネサイコー!」を終始連発し、相手を乗せていきます。ついにはフィルムチェンジの時までカメラに向かって「イイネサイコー!」と叫び、タレントからは「なんでもサイコーなんですね」と呆れられたらしいですが。まあこれも彼なりのテンションの上げ方なのでしょう。

 


昨日、三國連太郎を撮る機会がありました。俳優でも超のつく大物。飯倉のシガーバーを借り切っての撮影です。三國さんは細身の葉巻をうまそうにくゆらせていました。こんな大人になりたいと思わせる顔に、ファインダー越しに思わず見とれてしまいます。決めていたポイントに立ってもらいポラロイドを切ります。

ポラロイドの現像を待つ数十秒というのがいつも手持ち無沙汰で困ってしまいます。取ってつけたような会話ではしらけてしまうからじっと待つしかありません。リラックスしてもらうより、「撮影中」という緊張を持ち続けてほしいというのもあります。

ちょっとでもその時間を短くしようと、専用のポラロイドを暖める機械まで買いました。ただポラを暖めるだけの機能で6万円もします。それでも待ち時間が半分になればありがたいのです。

ポラロイド待ちの時に、ふいに三國さんのほうから話しかけてきました。バーの話、葉巻の話。柔らかな語り口につられて、思わず話し込んでしまいました。わずか1〜2分の会話でしたがお互いすっかりリラックスできました。

というより、ベテランがテンパッていた新人をなだめてくれたという感じです。その後の撮影がうまくいったのは言うまでもありません。ひさびさに好きな1枚が出来上がりました。

会話はこう使うものだと教えてもらいました。でもあんなにタイミングよくは切り出せそうにはありません。