vol.35:不肖・宮嶋

さて、3回に渡ってニューヨークテロのことを書いたが、そんな時節ぴったりの本を読んだ。「不肖・宮嶋 空爆されたらサヨウナラ」(宮嶋茂樹著 祥伝社黄金文庫)というふざけたタイトルの1冊だ。

二年前、1999年NATOのユーゴ、コソボへの空爆を単身取材し、コソボに最後まで残ったフリーカメラマンとして泥臭く戦争を見ている。コソボへの空爆は距離的に日本から遠いためか、それほど報道されることもなかった。いわゆる「温度差」というやつだ。「大儀はNATOにあり」で、アルバニア難民のための空爆ということだったのだが、いまひとつ分りづらい問題だった。誤爆なのか故意なのかコソボでは一般人のところへバンバン空から爆弾が降ってきたという。宮嶋は空爆されるところに身を置いて本書を書いている。


この本を読むまでは「アフガンへの空爆当たり前」と思っていたが、「まてよ、本当に空爆が正しいのか?アメリカのみが正義なのか?」と思い始めた。遅れた形でコソボ問題を考えることになったが、それはそのまま今回の問題へと結びついた。



宮嶋茂樹は大学時代(日大芸術学部)の同期。その中では出世頭だ。残念ながら一緒のクラスになったことはないのでそんなに親しくはないのだが、学生時代から異彩を放っていた。


当時入国するのも大変だった旧ソビエトに行き、共産圏では絶対いないとされていた娼婦を撮り、週刊新潮の巻頭グラビアを飾っている。また右翼の超大物の写真を撮り続け、プライベートにいたるまで全てを写真に収めた。卒業制作として発表された作品は、その後写真集にまでなっている。


今でも宮嶋の学生時代の写真を覚えている。周辺を真っ黒になるまで焼きこみ、中心の対象者を際立たせていた。卒業後、フライデーの専属カメラマンとして名を馳せ、あの週刊文春「不肖シリーズ」へと開花していく。カンボジア、モザンピーク、ボスニア、ゴラン高原と紛争があるところに宮嶋の姿がある。


近頃テレビにもよく出ているが、週刊文春誌上で東京拘置所の麻原彰晃をスクープ撮したことで一躍時の人となった。「不肖宮嶋が…」で始まる面白文章で数多くの本を出している作家でもある。大きな書店にいくと宮嶋コーナーまである。


彼のフライデー時代の写真で、忘れられないものがある。松田聖子が神田正輝と結婚した時、教会からニューオータニの披露宴会場に移動する最中、ウエディングドレスを両手でたくし上げて、とんでもない形相で走る聖子を至近距離(2メートルくらい)で捕らえた1枚である。


僕がまだ新聞社にいた頃で、やはり結婚式の取材で教会、式場と走り回った。現場をよく知っているが、どう考えてもあの形相を変えて走る聖子の写真を撮れる場所がない。第一、ビッグイベントとして、プロダクションの厳重すぎるほどの警備があちこちに敷かれていたのだ。とてもそんなシーンにお目にかかれる訳がない。もしあったとしても、屈強なガードマンに阻まれるのは目に見えている。


後で聞いた話によると、ホテルの裏口から披露宴会場につながる厨房の棚に、前日から一晩忍び込み、松田聖子が来るのを息をひそめて待っていたというのだ。


彼は撮ろうと決めたらなんでもする。麻原彰晃を撮った時も、外からは絶対見えないとされていた東京拘置所を覗くため、近くの高速道路にアームの付いた高所作業車をいかにも工事中ですというふりをして据え付けた。1ヶ月間、アームの先のゴンドラに潜んで撮影に成功したという。



宮嶋は戦場でも必死になって、自ら危ないところへ危ないところへとわざわざ行こうとする。「空爆されたらサヨウナラ」の中で「非情なペトロビッチのリスト」というくだりがある。プレスバスに乗るための悪戦苦闘だが、読んでいるこっちにまでが力が入ってくる。「なんとしても爆心地を写真に撮るんや」という気持ちが伝わってくる。ズルでもなんでもするという根性にかっこ良ささえ覚える。もしカメラマンを目指す人がこのコラムを読んでいたら是非宮嶋の本を薦める。


崇高なジャーナリズムなんぞくそくらえだ。「平和ボケした東京で、脳天気な仕事を長々と続ける自信はないのである。硝煙の臭い、人々の叫び声、血、死体、銃声、炎が好きなのである。不肖・宮嶋、そういうものに接していないと、生きてゆけんのである。」と本書に書いている。ここだけ抜書きすると誤解を招くかもしれないが、いつも掛け値なしに命がけで写真を撮っている。それだけは間違いない。卓上で戦争を評論している人とは見ているものが違う。


この本を不謹慎という人もいるかもしれない。でも書いてあることは全て宮嶋が見てきたことだ。テレビニュースでは全然伝わらなかったコソボへの空爆が、この本を読むことでほんの少し理解できた。


今、宮嶋はパキスタンにいる(週刊文春10月4日号)。数多のカメラマンがニューヨークに向かう中、米軍が空爆を開始する前にアフガンを目指しイスラマバードに飛んでいる。


CNNやBBCが見ようとしない、もう一方の事情を見てくるに違いない。